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善性の在り処―『Go!プリンセスプリキュア』21話

 『Go!プリンセスプリキュア』がここ最近のプリキュアのなかでも突出した傑作になりつつあるというのは、少なくとも僕の周りでは共通意見になりつつあるようだ。僕もそれには賛成で、客観的完成度でいえば『ハートキャッチ』以来、主観的な好みからいえば初期五作前後に迫る作品だと思っている。ただ、それでも『Go!プリンセス』にも微妙なところはないでもないとは思っている。それは、若干小さくまとめすぎているところだ。

 

 この作品が初期の鷲尾プリキュア的な丁寧な日常描写と、『フレッシュ』以降のストーリー重視の展開の両方を受け継いだ意欲作であることは以前述べた。だが意欲作であればこそやるべきことは当然多い。本来、日常描写を積み重ねる造りとストーリー重視の展開は相反するものだ。大筋が動かない日常回ではスリリングな展開というのはなかなか難しく、多くの場合敵との戦闘がメインのストーリーが前面に出ると日常は後景化せざるを得ない。この正反対の二者を『Go!プリンセス』は合体させようと奮闘しているのだが、やはりそれなりの無理は出てくる。

 

 顕著な例としては、以前も書いた2話におけるみなみの変身回がある。彼女の変身には、自身の完璧さゆえの孤独とその孤独を癒してくれるはるかの特別性が重要な要素だが、それが2話だけで一気に描かれた。正直これはかなり無理があって、かつての『Yes!プリキュア5』ですらよく似た水無月かれんのエピソードには2話割いていた。ストーリーテリングがどうのこうのという以前に、この手の話にはある程度積み重ねがいる。いかに演出が冴えわたっていようと、ある程度の時間経過がないと説得力がない。人は簡単には変われないというわけだ。この辺りの「積み重ね」を『Go!プリンセス』は少々軽視する傾向にある。それが21話にも言える気がする。

 

 敵の味方化はそれこそ初代からある題材で、特に敵がプリキュアになる展開は『フレッシュプリキュア!』がその領域を切り拓いて以降しばしば扱われる。インタビュー等を読んでいると、味方だけ幸せになることへの懐疑から生まれたものだそうで、悪に染まった者でもやり直すことができるというメッセージ性もあるようだ。そのあたりは『オールスターズNS2』が主題にしている。今回のトワイライトの話も基本的にはその系譜にあたる。

 

 こういうエピソードをやる上で重要なのは、「悪人描写」、そして「善人描写」だ。前者については何も特別なことではない。味方となる敵キャラがある程度悪いことをしていないと味方になったときの感動がない。だから一定の回数登場してプリキュアと戦うことは必須である。大事なのはむしろ後者だ。味方化といっても、救いようのない邪悪なキャラがいきなり味方になっても誰も納得しない。やはり正義の心に目覚める萌芽のようなものが必要なのだ。『フレッシュ』の東せつなであれば桃園ラブとの芽生え始めた友情、『スイート』の黒川エレンであれば親友ハミィとの絆がそれにあたる。それらの繋がりが、彼女たちが売りキュアへと変身する縁となり、またそのエピソードに深みを与えもする。敵の味方化において、「善人描写」は欠かすことのできないものだ。

 

 今回のトワイライトのエピソードは、彼女の善性の在り処がとても曖昧である。元々2クール目からのキャラということもあり、彼女の登場回数はまだそれほど多くない。そこから生じた結果として、トワイライトが善き心を持つという描写がほとんどないのだ。敵として登場するトワイライトは基本的に「悪い」キャラであり、特にプリキュアと心が通じ合うなどのシーンもない。彼女の善性を支えているのは、カナタ王子の行方不明の妹であるという事実ぐらいで、あとはわずかにはるかにヴァイオリンを教えたシーンのみだ。これは「善人描写」としては少し弱い。先ほどのエレンの場合だと、かつて善き心を持っていたという過去に加えてハミィとの友情があるのだから、過去だけに善性を求めるのは問題があるのだ。

 

 トワイライトが味方になるまでの「積み重ね」が足りない。はるかとの友情もなく、過去の記憶がフレッシュバックして罪の意識に苛まれる描写もないため、彼女が善人であることを実感できない。その代わりの根拠となるトワの過去設定も数話前に突然明かされたものであり、感情移入もしづらい。『Go!プリンセス』はよくできた作品なので、21話単体で観ればトワイライトが味方化するのは納得がいく。それだけ上手い演出が為されているということだ。しかし、そういうある意味共時的なものでない部分、今までの積み重ねという通時的な部分でどうも納得がいかない部分が残る。21話単体での理屈は通るが、今までとの関連で考えると感情的に容認しがたい。

 

 敵の味方化のエピソードの最高傑作は、今でも『フレッシュ』のせつな転生だと思っている。あれは序盤からイースの描写を積み重ね、ラブとの芽生え始めた友情を丹念に描いたからこそ生まれた感動だった。プリキュアは泥臭い作品である。これでもかというくらい積み重ねて、その重さで観る者の心を動かす力業めいたところがあるのだ。『Go!プリンセス』は確かに隙が無い。だが、そういう「巧さ」とはまた違った、武骨な魅力も忘れないでほしいと思う。