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「冴えない」ままじゃいられない

『冴えない彼女の育てかた8』

著者:丸戸史明

イラスト:深崎暮人

レーベル:富士見ファンタジア文庫


 『冴えカノ』7巻が一つ突き抜けたものであったなら、8巻は切り拓いた地平で暗中模索しているといったところだろうか。新展開一発目にはそう思わせるものがある。

 

 8巻は色々定まっていない。7巻で「blessing software」が解体したために今まで構築してきた人間関係を利用することができず、それを新たに作り上げねばならない8巻が必然的に抱える問題だが、やはりここに苦しんだのだろうと思われる。とりわけ、いなくなった澤村・スペンサー・英梨々と霞ヶ丘詩羽というキャラクターが、「金髪ツインテール+幼馴染+ツンデレ」、「黒髪ロング+先輩+毒舌」という明確な記号から出発した濃いキャラクターであり、主人公の倫也との関係もはっきりしていたため、その欠けた穴を埋めるのはなかなか難しい。新メンバーとなる出海は、かつてのキャラからどのぐらい肉付けしていくかという段階なので、いきなり軸となることはない。かといって残留組の美智留は、「従姉妹」以外のキャラづけがそれほど記号依存、過去のトラウマ依存でないため、新生「blessing software」の新たな軸として機能しづらい。事実、8巻での美智留の存在感はかなり希薄である。

 

 ゲーム制作の役割でみてみても、プロデューサーの倫也に対してシナリオの詩羽、原画の英梨々という分担が明確であった第一シーズンに対して、原画こそ出海が代わりに入ったものの、シナリオは倫也がプロデューサーと兼任しており、役割によるキャラづけもあまり用をなさない。「blessing software」はかつてのように、濃い人間関係を抱えたストーリー駆動装置とはならず、結果として物語が安定性を欠いている。

 

 一方の英梨々と詩羽との関係もどうにも煮え切らない。やはり、新展開になって、これまでの関係をどう変えていくかの過渡期にあるようだ。英梨々であればサークルを去ったものの今度は同じクラスになったという微妙な距離、詩羽の場合大学生になり、また変化が生じた距離、と二人ともそれなりに変わっていったわけだが、8巻の段階では展開もそれほど進んでいないため、7巻あたりの距離感を使いまわしている印象だ。といっても、環境自体は変わっているためその距離間の掛け合いに以前ほどの力はない。どうしても不自然さが残るのだ。後でも述べるが、8巻が基本的に恵がメインであることもあり、今回はとりわけ二人の立ち位置が本筋に組み込めていないところがあった。それも二人の新境地の不安定さに拍車をかけているのだろう。

 

 そして定まらなさの一番の原因は、大黒柱たる加藤恵のキャラの不安定さにある。第一シーズンでは「冴えない彼女」というキャラ(その真偽はさておき)で通した彼女だが、第二シーズン開幕に際して、どうもまだ丸戸氏もキャラを掴み切れていないようだ。7巻でみせてような重い雰囲気をどのぐらい組み込むか、そのさじ加減を見定めているといったところだ。8巻に限っていえばその不安定さを狙っているところもあるのだが、恵の立ち位置が定まっていない以上、あまり成功しているとはいえない。加藤恵というキャラは、とりわけ初期の展開では倫也を包み込み、受け入れてくる「肯定装置」としての役割が強かったこともあり、恵が不安定であることは、とりもなおさず作品の不安定さにも繋がる。彼女のキャラも追々定まっていくことだろうが、今の時点ではヒロインの新たな段階は未だ模索中といったところだ。

 

 「不安定さ」が8巻の第一の特徴だとすれば、第二の特徴は「遊びのなさ」だ。『冴えカノ』はゲーム制作の話だが、最初の方はどちらかといえばゲームというよりサークル間の人間関係問題の解決、要するにヒロイン描写の方に比重が寄っていた。しかし、8巻を読むと、倫也たちはちゃんとゲーム制作に邁進しており、今まであったオタネタであるとか美少女ものの要素は後景化する。本来の正しい姿に驚くというのも変な話だが、それだけ8巻は『冴えカノ』らしからぬ「真面目な」作品である。

 

 これは、『冴えカノ』という作品が5、6巻から7巻にかけて、その軸を大きく変えたことに起因する。5、6巻で倫也が詩羽、英梨々と完全に仲直りするまで、『冴えカノ』にはかつて断絶してしまった二人とどうやって現在やっていくかという問題が常に存在した。そうしたヒロインの過去、ひいては「ヒロイン性」がこの作品を支える軸だったのだが、詩羽・英梨々との関係が修復されるに至って、この軸がこれまでのように機能しなくなった。そこで新たな軸として浮上したのが、「クリエイターとして姿勢」、8巻の言葉を借りれば「クリエイターの性」(以下、「クリエイター性」)である。創作に身を捧げる者として、自身を高めていく過程でどれだけのものを犠牲にできるか。クリエイターの頂点・紅坂朱音の登場と共にその問題がにわかに重要となり、7巻の英梨々は個人の気持ちとクリエイターとしての性に引き裂かれる形で「blessing software」を去った。8巻もその新機軸を踏襲しており、基本的に「クリエイター性」のストーリーが前景化する。「ヒロイン性」を巡るストーリーはもはや終わってものであり、そこに付随していたヒロイン描写も鳴りを潜めざるを得ないのだ。

 

 そしてこの遊びのなさが、加藤恵の不安定さの一因ともなっている。作中での恵はあくまでクリエイター的側面のない一般人であり、ごく普通に「blessing software」という〝友人関係〟を大事にしていた。だから、クリエイターとしてサークルを去った英梨々と衝突し、彼女と絶交するに至った。恵にとって英梨々の離反は、友達の裏切りと同義だったからだ。そんな恵にとって「クリエイター性」に傾いた『冴えカノ』世界は居心地の悪いものでしかない。かつての「ヒロイン性」の世界では、恵は倫也の現在のヒロインとして「冴えない彼女」でいることができた。しかし、8巻ではそうはいかない。失ってしまった関係を新たに創造するため、恵は必死になって奮闘する。この恵の行動と、変わらず一般人である恵の性格は衝突を起こし、彼女のキャラクターを揺さぶる。かつてと今のギャップに苛立つ彼女には、「腹黒」や「怒ると怖い」、「重い」などの新たな属性が付与されていく。未だ先の見えぬ第二シーズンの恵のキャラは、このようにして要請された。

 

 やはりと言うべきか、8巻の展開は1巻をある程度なぞっている。ゲーム制作のとっかかりを掴むまでの悪戦苦闘や、それに対する各メンバーの反応など、比べてみると感慨深い。1巻が正直主筋を描くだけで精一杯であったことを考えると、8巻は定まらないながら随分と安定したストーリーテリングとなっている。内容も7巻ほど重くないとはいえ、ゲーム制作の比重が大きい分、真面目な話になっていることは先に述べた通りだ。この作品はもう、TVアニメ版がとりわけ重視していた「美少女もの」だけではやっていけない領域に来ている。『冴えカノ』も加藤恵も、冴えないままじゃいられないのだ。

 

 

補足

 本文がどうしても加藤恵に絞った話になってしまったので、ここで紅坂朱音の話をしておこうと思う。8巻で朱音は登場せず、英梨々や詩羽の口から語られるのみだが、今回の場合、登場しないこと自体がそれなりに重要なのだ。

 

 8巻は7巻から半年ぶりの本編の新刊である。なぜこんなに間が開いているかといえば、2月に『Girls Side』(以下、『GS』)という番外編が挟まったからだ。だから正確には8巻は半年ぶりの「倫也視点」のストーリーと言うべきかもしれない。『GS』は、英梨々と詩羽の出会いと7巻の裏側を収録した本編の補完となる作品で、三人称で書かれていることで、倫也視点から捨象されてしまっていたこと(英梨々・詩羽の心情など)が明らかにされている。そして紅坂朱音は、『GS』において初めてその全貌を現すのだが、ではなぜ彼女は本編ではなく、番外編に先に姿を現し、今なお本編に登場しないのか。

 

 思うにそれは倫也の立ち位置に起因する。朱音というキャラは『冴えカノ』のラスボスである。クリエイターの最高峰にして、歪みの体現者である彼女は、端的に言ってすごくなければならない。絶対敵わない、と読者に思わせなければならない。そうしたとき、倫也という視点は紅坂朱音を捉えるのに、現段階ではいささか力不足なのだ。彼はまだクリエイターとして踏み出したばかりであり、身近の英梨々や詩羽のすごさをやっと理解できる程度だ。そんな彼がクリエイターの極北たる朱音をみて、その凄まじさを読者相手に描写できるかといえば首を傾げざるを得ない。恐らく「きちんとはわからないが、すごいのだろう」という、DIOのスタンド能力を初めて見たポルナレフ状態になるわけだ。

 

 しかし、それでまずいのだ。紅坂朱音は作品を通しての倒すべき最終目標であり、バトルものでもない以上、その正確な把握は『冴えカノ』の展開の指針を決めるにあたって重要だ。だからこそ、朱音は『GS』という三人称視点の作品に登場した。クリエイターとして既に一流の英梨々や詩羽ならば、朱音という壁を、超えられないまでも理解することはできる。二人に寄り添った三人称は、朱音を描き出す上での必然だった。

 

 話を8巻に戻すが、朱音が今回登場しなかったという事実も、以上のことに照らし合わせれば一目瞭然だ。倫也はまだ朱音と張り合うレベルにいない。そのため、朱音は彼の前に登場せず、あまり彼の視点にも浮上してこない。倫也にとって当面の朱音の代わりとなるのは波島伊織であり、8巻でもクリエイター面での倫也の壁は伊織である。

 

 倫也が朱音と並び立つまで、まだまだ道は長い。しかし逆にいえばその道は我々が『冴えカノ』を楽しむ一つの道しるべでもある。新境地に踏み出したばかりで、定まらないものも多いなか、この道しるべは随分頼もしく見える。