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『アメリカン・スナイパー』

 剣を握らなければ おまえを守れない

 剣を握ったままでは おまえを抱き締められない

       ――――――――――久保帯人『BLEACH』

 

 この映画は「他者のために尽くすことと自分の幸せの間の隔たり」の話なんじゃないだろうか。


 主人公のクリス・カイルの最初の動機は、命を落としていく自国民を守りたいという義憤だった。しかし、ネイビーシールズとしてイラクへ赴くたびに、彼が守るべきものは増えていく。祖国アメリカ。共に戦うシールズのメンバー。他の部隊の人間。PTSDに悩む帰還兵。クリスは常に他の誰かのため、何かのために行動し、そしてそのたびに自分の幸せを抹殺していった。


 終盤のイラク派遣の前に、妻から「どうして他の人じゃいけないのか?」と訊かれ、彼は「他の人間に任せるのは卑怯者だ」と答えている。守るものを抱え過ぎ、誰かのために行動することのために身動きが取れなくなってしまった。クリスは、自分を、家庭を、家族の幸せを殺し続け、他人に尽し続け、そして最後には自分が助けようとした人間に殺され、死んでいった。もし最後の場面で、銃を持つ手で子供を抱きしめていたら、彼は死なずに済んだのかもしれない。幸福を掴んだのかもしれない。


 若き日のクリスが抱いたカウボーイになるという夢。それは、純粋に自分の名誉のためだけという、彼が人生を通してついぞ手にすることのなかった生き方の形だ。だが、誰かのために動きたいという純粋な思いから、彼はそんな幸せに背を向けた。だからこの話は、ここでお終いなのだ。


 思いやりとは、時として幸せから最も遠い感情である。そんな考えが胸に迫る。

 

補足

余談だが、同じように自分を無視した度を越した救済者を描いた作品が『Fate/stay night』である。その中の「Unlimited Blade Works」は、主人公衛宮士郎の正義の味方としての破綻した在り方を見つめ、彼自身が自身の歪んだ生き様と向かい合うストーリーである。士郎もまた、大災害から生き残ったというサバイバーズ・ギルドに苦しみ、自分を度外視した人助けを行おうとする。彼の「正義の味方」という理想の果てに何が待っているのか、クリス・カイルとは、状況も環境も大きく違いながら(クリスは実在の人物だが)、それでもどこか似た道を辿った青年の姿は、『アメリカン・スナイパー』を観る上で、面白い知見を与えてくれるかもしれない。