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『ギガントマキア』

作者:三浦建太郎

出版社:白泉社

発売日:2014/7/29

ジャンル:漫画

三浦建太郎24年ぶりの新作です。圧倒的な画力と重厚なストーリー展開で知られる著者の新作ということで盛大に楽しみにしながら読みました。

 

 三浦建太郎と言えば、代表作『ベルセルク』があまりに有名です。「24年ぶりの新作」というと24年間何も書いてないみたいですが、氏は20年以上も『ベルセルク』を描き続けています。もしこの記事を読んでくださっている方で『ベルセルク』を読んでいないという方には、是非お薦めします。一度は読んでほしい漫画です。

 

 要するに『ギガントマキア』は『ベルセルク』を休載してその間に描かれた漫画です。そのためファンからは「完結を……げる」だの色々言われてました。個人的には、確かに『ベルセルク』の続きは読みたいけど、三浦先生の新作読めるならそれでもいいかと思っていました。長いこと連載続けてると他のこともしたいのかなあと、勝手に想像しちゃうわけです。息抜きなのかなぁとか。ただまあ……これ息抜きって描き込みじゃないよね。

 

 氏は圧倒的な描き込みによる迫力あるシーンが人気なのですが、それは本作でも健在すぎるほどに健在です。『ギガントマキア』は巨人同士のバトルがハイライトなのですが、大コマを盛大に使ってのド迫力のバトルは圧巻です。近年巨人というと『進撃の巨人』を思い浮かべますが、三浦氏の画力で巨人バトルをやるとこんなことになるのか、と感心しきり。他にも作中の生物の造形やら細かいところにもまったく手を抜いていなくて、流石に流石なんだなと思わされます。

 

 さて、一応あらすじを。遥か時の彼方。砂漠を旅する少女と青年がいた。少女の名は風炉芽<プロメ>、青年の名は泥労守<デロス>。彼らは旅を進めるうちに、砂漠にすむ騎甲虫民族と遭遇する。帝国に迫害され、人類への猜疑心に満ちた彼らと少しずつ交わっていく彼らの前に、現れる見る者を圧倒する帝国の有する強大なる力。それすなわち巨人――。

 

 一応ファンタジーやバトルもののジャンルに入ると思います。三浦建太郎一級の画力だからこそ可能なバトル描写に酔いしれる、凄まじい力技漫画です。とにかく勢いがすごい。しかもそこに三浦建太郎らしい重いテーマもちゃんと組み込まれているので、読んだ後に何も残らないということはないです。往年の三浦建太郎ファンだという人、まだ読んだことがないという人、どちらも一度手に取ってはいかがか。

 

 ~以下ネタバレ注意~

 三浦建太郎の描く主人公はとても強いキャラクターです。それは単に戦闘力が高いということもそうですが、生き方が強者のそれです。例えば『ベルセルク』のガッツは、復讐に生きながら、その力強さであらゆる困難を打ち破り、その生きざまで多くの人を惹きつけます。『ベルセルク』は人に縋る人間に冷たく、自分で道を切り開く者に微笑む漫画です。「断罪篇」のラスト、生誕祭のシーンなどは、ガッツたちと民衆が対比されていてとても象徴的なシーンと言えるでしょう。その力強さは『ギガントマキア』でも受け継がれています。

 

 誰もが誰かを憎む世界で、主人公泥労守は憎むという行為を徹底的に忌避します。彼は作中で言います。

 

 けど憎むってのは何かに負けた気がして自分嫌なんスよ

 

彼は全編を通して、全ての痛みを自分が受け、それを持って、和解に持っていこうとしています。それはただ憎むよりもはるかに難しく、また無意味にも思えるやり方です。事実風炉芽は泥労守のやり方にいつも苦言を呈しています。作中の他の全てのキャラがとることができない生き方を、泥労守は迷わず取り、ひとまずの解決に導いています。彼の力強い姿勢が、多くの者を惹きつけていく、『ベルセルク』のガッツと非常によく似た生き方を泥労守もまたしているのです。

 

 また泥労守の憎しみを否定する生き方はひいては復讐の正当性も否定するのです。これは復讐に生きるガッツの生きざまを超越したものであるとも言えます。確かにガッツは「断罪篇」初期はともかく、時を経るにしたがって、自分の復讐に疑問を持っているふしがあります。しかしながら彼はまだかつての親友グリフィスへの思いを捨てきれず、完全に脱却できているとは言えません。その点で、泥労守はガッツがまだ到達し得な位置に初期状態からいることになります。これは『ベルセルク』では決して描けなかったものであり、『ギガントマキア』という舞台でこそ描くことができるものなのです。

 

 似通った生きざまを見せながら、違った道を歩む二人の主人公。二人の遍歴はこれからどんな展開を見せてくれるのでしょうか。