アーカイブ

カテゴリ

アニメ

漫画

映画

小説

その他

 

『ムカシ×ムカシ』

作者:森博嗣

出版社:講談社(講談社ノベルス)

発売日:2014/06/05

ジャンル:小説

森博嗣という作家がミステリィという要素をあまり重視していないことは彼の作品を見ていれば明らかです。森博嗣の作品は非常に単文的で、そのままだと小説としてまとまりにくいです。そこでミステリィという装置が重要になってくるわけです。ミステリィは彼の造るバラバラの物語を一つにまとめあげ、形を与えるギミックなのです。そのあたりは島田荘司氏が「森博嗣の文章は、絶えず独立した一行になりたがっている」と言っている(『有限と微小のパン』解説より)通りでしょう。ちなみに森博嗣がミステリィに頼らず、世界観を一から組み立てて、その世界観で彼の単文的世界をまとめ上げたのが、スカイ・クロラシリーズです。

 

 もし森博嗣が「ミステリィ作家」として世に認知されているとするなら(絶対そうですが)、それはひとえに代表作S&Mシリーズがミステリィとの親和性が高かったからにほかなりません。何故ならその後のシリーズではミステリィ部分はどんどんシンプルになっていくからです。森ミステリィは常にそのストーリィに最も適合するミステリィの形を模索しています。絶え間ない最適化こそが森ミステリィを形作っていると言えましょう。そしてそれが完了した時、そのシリーズは真価を発揮するのです。Vシリーズにおいてそれは『魔剣天翔』でしたし、Gシリーズにおいては『εに誓って』でした。そして――Xシリーズは『ムカシ×ムカシ』において最適化を完了しました。ですから、この作品は面白いです。

 

 レトロなミステリィと銘打っているXシリーズですが、特筆すべきは主要登場人物の少なさです。基本的なキャラクタは小川令子、真鍋瞬市、椙田泰男、鷹知祐一朗の四人のみで、常に登場する脇役も特にいません。非常にシンプルな造りです。そのため起こる事件自体も雰囲気だけは一級の、どこまでもシンプルなものとなっていきます。結果としてXシリーズは令子さんのキャラクタの魅力が際立つ令子さんかわいい小説として有名(?)なわけだが、今作で『タカイ×タカイ』にも登場した永田絵里子がメインに昇格したようです。永田と真鍋の掛け合い、そこに絡んでいく令子さんの姿を眺めているだけでこの作品は面白いです。ちょっと引用してみましょう。

 

 「ゾンビのどこが好きなの?」真鍋が代わりにきいてやった。

 「もうね。全部。あの動きとか、あのスタイルとか」

 「ああ、わかった。マイケル・ジャクソンのイメージなんだ」

 「あ、そうかも。死んじゃったよね。マイケルも、素敵なゾンビになったのかも」

 

……ここだけ見せられてもなんだかわかんないかもしれませんが、ちょっと感動したので引用してみました(ここで面白いと思ったら、是非読むべきです)。森博嗣のいつものノリが全開で楽しいことこの上ない。ミステリィがあったのかどうかなんてことは途中から思考の外に行ってしまいます。

 

 ミステリィというのは本来謎が提示されてそれが解決されるという一つの出来事を描くわけですが、それを一から十まで語らず、一部を切り取って描くだけでも物語として成立するということをこの作品は示しています。むしろキャラクタが魅力的で、掛け合いが素敵なら、キャラ萌えに合わせて事件を切り貼りしていったほうがずっと面白いというスタンスですね。この姿勢は『キウイγ』で極限まで推し進められたのですが、本作でもそれは継承されているようです。

 

 絶えずその形を変化させながらも、森博嗣が根本で書いていることは変わりません。それはありとあらゆる「閉じること」への反逆です。ミステリィにおいては「密室」や「動機の脱構築」として表れ、ストーリィとしては「大人への反抗」や「人間性」といった形で表れます。この考えは森作品の恐らく全てに流れているものです。それは本作も例外ではありません。何のために殺したのか、どんな理由で殺人を犯したのか、そんな理由づけを軽々飛び越えていくさまを見て、変わりゆくミステリィのなかに変わらない森ミステリィを見つける、それも森ミステリィの面白さの一つです。

 

 Xシリーズももう折り返しです。徐々に広がっていった世界は一つの形を成し始め、そして物語はあの一点へと収束していきます。次作『サイタ×サイタ』も楽しみです。

 

補足:あえてあらすじは書きませんでした。森作品はあらすじも、目次も、下手をすれば登場人物表も見ずに読んだほうが面白い。フーダニットが重要なミステリィというジャンルでこんな読み方をすること自体、ミステリィからずれているのかもです。もしかしたらこのレビュも見ずに、先に作品を読んだ方がいいのかもしれません。

 この機に森作品を読むぞという方には

 

S&M(『すべてがFになる』~『封印再度』)→『まどろみ消去』(短編集)→S&M(『幻惑の死と使途』~『有限と微小のパン』)→『地球儀のスライス』(短編集)→V(『黒猫の三角』~『魔剣天翔』)→『今夜はパラシュート博物館へ』(短編集)→V(『恋恋蓮歩の演習』~『赤緑黒白』)→『虚空の逆マトリクス』(短編集)→四季→G(φ~τ)→『レタスフライ』(短編集)→G(ε~η)→X(『イナイ×イナイ』から『タカイ×タカイ』まで)→G(α~γ)→『ムカシ×ムカシ』

 

の順で読むといいです。要するに刊行順です。相当冊数はあります。熱意のある方は是非。この読み方が一番いいことは請け負います。